製造業の多能工化!進め方や失敗しないためのポイントは?
投稿日:2022/11/18
多能工化とは、一人で複数の業務ができるように人材を育成することです。製造業から広まった多能工化ですが、今では接客業や小売業・流通業・ホテル業など様々な業界の企業が、限られた労働力や時間を最大限に活用するために多能工化を推進しています。
この記事では、そんな多能工化の目的やメリットとデメリット・進め方や失敗しないためのポイントを説明しています。組織づくりを担当している方や多能工化の進め方を知りたい方に読んでいただきたい記事となっています。
1. 多能工化とは?
「多能工化」とは、言い換えると「マルチスキル化」とも言われ、1人で複数の業務や工程を兼業できるように従業員を教育・育成することです。ここから「化」を取った「多能工」は1人で複数の業務や工程をする従業員を意味します。また、反対語は「単能工」と言い、一つの業務や工程のみを担当する従業員のことを指します。
多能工の仕組みは、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)の副社長だった大野耐一氏によって考案されたと言われています。豊田紡績出身の大野氏は、女性作業員が一人で複数の織機を操作していたのに対し、自動車の組み立ては一人一台の機械のみ操作していることに気が付きました。大野氏はそれを課題として考え、時間や労働力の無駄をなくすため作業者に複数の工程ができるように教育し「多能工化」を進めていきました。様々な業界がその効果に注目し、多能工化が広まったという説が一般的です。
1.1. 多能工化の目的
多能工化の目的は、以下のような3つの問題へ対応することです。
- 人材不足への対応
- 消費者ニーズの多様化による少品種大量生産から多品種少量生産への対応
- 働き方改革による残業時間の規制
人材不足への対応
少子高齢化による労働力人口の減少に伴い人材不足が進む中で、1人が1つの作業や工程のみを担当していては現場が回らないという状況に陥る可能性が高くなっています。そのような人材不足という避けられない問題に対して、様々な業務を兼業できる人を育成する多能工化は人材を最大限に活用するために有効な対応策と言えます。
消費者ニーズの多様化による少品種大量生産から多品種少量生産への対応
近年、消費者ニーズが多様化しており企業には柔軟な対応が求められています。その中で、単能工の従業員ばかりだと特定の仕事がなくなると手待ちの時間ができ、時間や人材を持て余してしまいます。多能工化が進んでいると、特定の業務がなくなっても他の業務を行うことができるため、時間や労働力の無駄を削減でき生産性を維持・向上することができます。
働き方改革による残業時間の規制
2019年4月から適用された働き方改革では、残業時間に上限が設けられました。これにより、限られた残業時間で仕事が回るような生産性の高い体制づくりが必要になってきました。そこで、企業は制限された業務時間内に仕事ができるように、多能工化を進める必要性が出てきました。
2. 多能工化のメリット
多能工化はもともと企業側が利益追求のために行いますが、労働者側にもメリットがあります。この章では、それぞれのメリットについて説明しています。
2.1. 企業側のメリット
企業側が得られるメリットは、以下のとおりです。
業務負荷が均一になる
多能工化を進めると、各部署の業務の進捗度合いによって人員配置できるようになり、特定の人物や部署に業務が偏らず不平等な状況が生まれにくくなります。また、業務量の少ない部署の従業員を業務量の多い部署へ移動させることで業務に遅れが出ず、納期を守ることができる上に残業時間も短縮できます。
チームワークが向上する
多能工化を進めることは、会社全体の横のつながりを作ることにも繋がります。自分の部署だけでなく他部署の仕事を知ることで、相手の立場に立って考えることができるようになったり、お互いにフォローできる体制が構築されます。これにより人間関係が広がりチームワークの向上に繋がります。
業務のリスク管理ができる
多能工化ができていれば、従業員の急な欠勤などのイレギュラーが起こっても、他の人が代わりに仕事を行えるため業務が滞りません。また、需要変動のために急な減産や増産をしたいときに、多能工化が進んでいれば人員配置がしやすいため柔軟に対応できるようになります。
2.2. 労働者側のメリット
労働者側のメリットとしては、以下が想定できます。
仕事に飽きない
多能工化によって労働者は様々な仕事を任されることになります。一つの業務を淡々とこなしていると流れ作業になってしまいますが、複数の作業をこなすとなれば常に頭で考えて行動することになります。また、毎日同じ業務を行っていると飽きてしまう可能性もあります。一つの業務だけでは退屈してしまう方や忙しいほうが時間が早く過ぎるから良いと感じる人にとっては多能工化はメリットになります。
キャリア形成に役立つ
多能工の教育を施す中で、労働者同士が互いに成長できるためスキルアップにつながります。身に着けた様々なスキルや経験は、転職や起業をする時に選択肢を広げるなどキャリア形成を助けてくれます。
報酬増加を期待できる
多能工の教育を受けたことで能力が向上し評価が上がる可能性があります。企業に評価・報酬制度があれば、能力が向上したことで評価が上がり報酬も期待できます。また、評価・報酬が上がったことでモチベーションの向上するメリットもあります。
3. 多能工化のデメリット
多能工化を進めることで上記のようなメリットを得られますが、同時にデメリットもあることを考慮しなければいけません。ここでは企業側と社員側それぞれのデメリットを説明しています。
3.1. 企業側のデメリット
企業側のデメリットは、以下の通りです。
教育コストがかかる
多能工化をするには、仕事を教えるための時間がかかります。また、教育期間中にもコストがかかります。万が一、労働者が技術を習得できなかった場合には教育にかけた時間とお金が無駄になってしまう可能性もあるため、労働者ひとりひとりの適性を考えて任せられそうな業務から少しづつ教育を進めるなど、しっかり考えながら多能工化を進める必要があります。
指導できる人材がいる
多能工化を進めるためには、社員の能力や経験のばらつきを考慮し業務に漏れやダブりなどの無駄が出ないように人員配置をすることが大切です。しかし、社員ひとりひとりが正しく状況を把握して適切な配置につくことは困難です。そのため、全体像を把握し適切に人員配置できるようなマネジメント担当者を決定する必要があります。
評価制度整備が必要になる
多能工化によって複数の業務をこなすことは労働者への負担が増えることになります。そのため、従来の評価制度では適切に評価できない場合があります。しっかりと評価してもらえないことで労働者のモチベーションが下がってしまうかもしれません。そうならないために従来の評価制度を見直す必要が出てきます。
3.2. 労働者側のデメリット
労働者側のデメリットとしては、以下が想定できます。
モチベーションが低下する
会社の事情によって都合よく使われた場合、労働者のモチベーションが低下する可能性があります。多能工化では、希望の仕事だけでなくやりたくない仕事もする可能性があります。また、新しいことを学ぶのが億劫だと感じる労働者にとっては多能工化にストレスを感じる人もいるでしょう。
各業務で責任を求められる
一つの業務だけ担当する単能工と違い、様々な業務を兼業する多能工は担当した業務それぞれで責任が求められます。ときには複数の部門から責任を求められ批難されることもあるかもしれません。そうなると精神的につらい状況に陥ってしまいます。そんな時、単能工であれば責任を負うのは一つの部門だけで良いので、労働者にとっては気が楽かもしれません。
人間関係が複雑化する
様々な仕事を兼業する多能工化では、特定の部署に所属する人達だけでなく他部署で働く人やそのお客様など、人と関わる機会が増えます。関わる人が多くなればなるほど人間関係は複雑化し、悩みが出てくる可能性が高くなります。人間関係の悪さは離職の原因上位にも入ってくるため、重要視しなければならないところです。
4. 多能工化の進め方
多能工化を進める手順を、4つのステップに分けて説明します。
STEP1 業務の洗い出しと育成対象者の選定
まずは、どの業務の多能工化を進めるのか決めましょう。以下のような課題を抱えている業務の多能工化を優先的に実施していきましょう。
- できる人が少ない業務
- 人手が足りていない業務
- 業務効率が悪い業務
次に、多能工教育を施す人物も決めておきましょう。労働者全員が多能工になるのが理想的ですが、教育には時間やコストがかかります。また、大人数の教育を一気に行うとなれば、指導側にも負担がかかります。そのため、適性度の高い人を選んで優先的に教育することが望ましいと言えます。多能工化を行う人物を採択するには、テストやアンケートを作成してそれをもとに確認したり、本人との面談で希望を確認するなどの方法があります。
STEP2 業務・スキルの可視化(マニュアルとスキルマップの作成)
多能工化するべき業務と教育する人物の採択を行ったら、次は、業務の可視化を行いましょう。業務が可視化していない場合、教育の時に以下のような問題が発生しがちです。
- 指導するのが難しい
- 作業が難しい
- 作業を覚えるのが難しい
このような問題の発生を予防するためには業務内容を可視化することが大切です。そのための手段として、マニュアルを作成するという方法があります。マニュアルを作成すれば、指導する側もされる側もやりやすく、効率良く業務を教育できます。マニュアルを作るときには、図や写真を用いて誰が見てもわかりやすいようにしましょう。また、実際に作業を行った人が気になった点や分かりにくいところに追記することで、より従業員に寄り添ったマニュアルが作成できます。
マニュアルが作成できたら、次は従業員各人のスキルを把握するためにスキルマップを作成しましょう。スキルマップとは、以下のような業務ごとに従業員の持つスキルを一覧にした表のことです。
スキルマップを作成することで以下のように活用できます。
- 育成計画を立てやすくなる
- 適材適所に人員配置ができる
- 適正な評価ができる
STEP3 育成計画の策定と実施
マニュアルとスキルマップを作成したら、次は育成計画を立てましょう。育成計画には、以下のような内容を記載し詳細な計画が分かるようにしましょう。
- 活動期間 (例:2010年4月1日~2010年4月30日)
- 活動日時 (例:2010年4月1日 9:00~11:00)
- 担当者名 (例:佐藤)
- 場所 (例:Aライン)
- 業務内容 (例:検品)
計画を立てたら、その通りに実施して行きましょう。実施する中で計画通りに教育が上手く進まなかったり、無理に計画に合わせようとして教育がおざなりになってしまっては元も子もありません。教育がうまくいかないことがあれば、違う人材を配置するなど状況に合わせて対策をする必要があります。
STEP4 定期的な評価の実施
計画を立てて実施したら、定期的に評価を行いましょう。計画通りに教育が進んでいるのか確認して、進んでいないようであれば要因を見つけ出して対策をしましょう。また、多能工教育を受けている労働者は新しいことを覚えるのが大変で負担がかかります。定期的に評価を行うことで努力している労働者に対してフィードバックをして、モチベーションの低下を予防しましょう。
5. 多能工化に失敗しないためのポイント
多能工化に失敗しないために、3つのポイントに気を付けて多能工化を推進しましょう。
5.1. 従業員のモチベーションを維持
- 育成には時間をかけ、現実的に習得可能な期間を設定する
- テストやアンケートシート・本人との面談などで従業員の適性を確認してから業務を任せる
- 業務を押し付けすぎない
5.2. 評価方法・定義の統一
- 適正な評価制度と報酬制度を作る
- 多能工化を導入する意味や目的・その効果を社内で共有する
5.3. 育成計画の進捗管理
- 進捗情報を可視化して、労働環境が改善していく様子が分かるようにする
- 定期的な進捗報告を行う
6. 多能工化の成功事例
最後に、多能工化の導入に成功し結果を残している企業を紹介します。
6.1. ホテル業 株式会社星野リゾート
ホテル経営を専門とする星野リゾートでは、多能工化によりスタッフの生産性をあげ収益率を高めました。ホテル業界での最大の問題は、朝と夜に仕事が集中し、昼は手待ち時間となる中抜けシフトと言われています。星野リゾートは一人のスタッフがフロント・レストラン・客室・調理などの様々な仕事をこなす多能工化を進め、中抜けシフトをなくすことで連続して働けるような体制作りを行い成果を残しています。
参考:ニューススイッチ『星野リゾートはなぜ強いのか。社長・星野佳路が語る「成功の条件と世界戦略」』
6.2. 建設業 有限会社原田左官工業所
左官工事・タイル貼り工事・防水工事などを専門としている原田左官工業所では、コンクリートやモルタルなどの水を使った材料を用いる湿式工事の多能工化を推進しています。湿式工事に含まれる「組石工事」「防水工事」「左官工事」「タイル工事」の4つの業務を一人で行える人材の育成により湿式工事一式を受注できるようになり、受注量の安定や施主からの信頼増加という成果を出しています。
6.3. 物流業 丸吉ロジ株式会社
物流業を担う丸吉ロジ株式会社では、物流という業務の多様性や時代の変化へ柔軟に対応できるように多能工化を進め、生産性を向上させています。以下のように、一人の従業員が様々な業務を兼任することで業務効率化を行っています。
- 倉庫作業員が大型けん引免許を取得しトレーラーを運転する
- ドライバー自らがフォークリフトを運転し鋼材を積み込む
- 工場作業員が溶接免許を取得し加工業務に対応する
参考:丸吉ロジ株式会社公式HP 鉄人ブログ『時間売上が「2倍」に!』
丸吉ロジ株式会社公式HP 鉄人ブログ『多能工化を推進する理由』
6.4. 製造業 広洋工業株式会社
金属加工などの製造業を営む広洋工業株式会社では、属人化が進み各業務の残業時間差が10倍にものぼるという問題を抱えていました。この問題を解決するために広洋工業株式会社は以下のような多能工化を進め、属人化の解消や無駄の削減に成功しています。
- 作業員に普段とは違う作業を担当させ、様々な業務を習得させる
- ベテラン作業員から若手作業員への教育を施し、技術を継承する
- 新しい設備の導入により、より簡単に作業を習得できるように環境を整頓する
参考:ひろしま企業図鑑「働き方改革は業務改革 情報共有や多能工化で業務の属人化を改善」
7. まとめ
この記事では、多能工化の目的やメリット・デメリットを解説しました。また、多能工化を進める手順や失敗しないためのポイント、そして多能工化の導入に成功した企業を紹介しました。これから多能工化を主導する方や、多能工化について知りたい方に役立つ情報となっていれば幸いです。
弊社では、従業員の急な欠勤・生産量の急変動などのイレギュラーが発生しても対応できるような柔軟な体制づくりを行うために多能工化を推進しています。その取り組みが、朝日新聞社様の中小企業向けメディア「ツギノジダイ」にも取り上げられていますので、ぜひご覧ください。